また逢う日まで
昭和46年(1971年)のヒット曲です。この曲を初めて聞いたとき、尾崎紀世彦のダイナミックな声と洋風の顔立ちにはもちろんびっくりしたのですが、これまでの歌謡曲などとは趣がずいぶんと違う新鮮な感覚がしました。当時は分析的にとらえてはいませんでしたが、欧米風のハイセンスな雰囲気を感じ取ったのです。これはいけると確信しました。
イントロのホーンのファンファーレのようなフレーズに続いて後打ちのようにドラムがドンと鳴らすところがとてもおもしろい趣向だと思いました。何かドラマが始まるぞと思わせるような劇的なつくりです。しかし、これ自体はアメリカ的なものではありません。
このハイセンスと受け取った理由を今になって考えてみますと、曲全体を貫くベースランニングです。リズム&ブルース的でたいへんしゃれていたのです。あらためてよく聴くとものすごく渋いと再認識します。
「また逢う日まで」という曲名が不思議です。「二人でドアを閉めて 二人で名前消して」と歌うからいっしょに住んでいた二人がアパートを引き払って別れる場面のようです。すると、普通はもう二度と逢うことはないと思います。しかし、「また逢う日まで、別れのそのわけは話したくない」ですから、また逢う予定があるようです。逆説的にもう逢わないから別れのわけはずっと話さないという意味なんでしょうか。
尾崎紀世彦は、今でもナツメロなどの番組によく出てきます。声量は相変わらずパワーがあってさすがと思わせますが、メロディを少し変えて歌っているところがあるのが残念です。
しかし、ナツメロで聞きたいのは当時の歌であって、進化した(とおそらく自分が思っている)今の尾崎紀世彦ではないのです。尾崎紀世彦リサイタルのようなものならばいいでしょうが、やはり、感動した過去を振り返りたいのです。ここでは、レコードからの録音と思われる次の映像をあげておきます。声も若々しくてすてきです。
http://www.youtube.com/watch?v=dnbn5PC2Zsc
イントロのホーンのファンファーレのようなフレーズに続いて後打ちのようにドラムがドンと鳴らすところがとてもおもしろい趣向だと思いました。何かドラマが始まるぞと思わせるような劇的なつくりです。しかし、これ自体はアメリカ的なものではありません。
このハイセンスと受け取った理由を今になって考えてみますと、曲全体を貫くベースランニングです。リズム&ブルース的でたいへんしゃれていたのです。あらためてよく聴くとものすごく渋いと再認識します。
「また逢う日まで」という曲名が不思議です。「二人でドアを閉めて 二人で名前消して」と歌うからいっしょに住んでいた二人がアパートを引き払って別れる場面のようです。すると、普通はもう二度と逢うことはないと思います。しかし、「また逢う日まで、別れのそのわけは話したくない」ですから、また逢う予定があるようです。逆説的にもう逢わないから別れのわけはずっと話さないという意味なんでしょうか。
尾崎紀世彦は、今でもナツメロなどの番組によく出てきます。声量は相変わらずパワーがあってさすがと思わせますが、メロディを少し変えて歌っているところがあるのが残念です。
しかし、ナツメロで聞きたいのは当時の歌であって、進化した(とおそらく自分が思っている)今の尾崎紀世彦ではないのです。尾崎紀世彦リサイタルのようなものならばいいでしょうが、やはり、感動した過去を振り返りたいのです。ここでは、レコードからの録音と思われる次の映像をあげておきます。声も若々しくてすてきです。
http://www.youtube.com/watch?v=dnbn5PC2Zsc
この記事へのコメント