赤色エレジー
昭和47年(1972年)に、シンガー・ソング・ライターのあがた森魚が発表した曲です。もともと雑誌『ガロ』に連載されていたマンガ『赤色エレジー』の世界に触発されて作った曲だそうです。大正ロマンを思い起こさせる曲調ですが、歌詞では昭和初期のできごとになっています。わたしには大正も昭和初期もそんなに変わりはありませんけどね。
当時へんてこな格好(今は普通の映像しか見当たりませんが)をしたへんな名前のフォーク・シンガーが出てきて、妙な演歌のような歌を歌っているなあと思いました。「愛は愛とて・・」と文語的な歌詞が妙に古くさくて、大正時代に流行った歌の替え歌かとも思いました。
作曲したのはあがた森魚ですが、レコードには「作曲・八洲秀章」となっているそうです。『あざみの歌』とそっくりなので、替え歌と思われたようです。しかし、どろどろした歌い方から、同じものとは思えませんでした。たしかに当時「どこかで聞いたことのある、懐かしさを感じる歌だなあ。」と、替え歌のように思えたのは、そういうことだったのですね。
曲名に「赤色」がついているので、当時、何か赤色革命つまり共産主義革命に関連があるのかなあと思っていました。そういえば、大正から昭和初期は無政府主義や共産主義者が大量に弾圧された時代です。しかし、歌詞を見る限り共産主義は関係ないようです。むしろ「赤貧洗うがごとし」の「赤」なのでしょう。エレジーは『湯の町エレジー』などもあるように「哀歌」ですから、男女の哀しみ、人間の哀しみ、人生の哀しみを歌う曲です。歌詞の惨めさと相まって、哀しさを精一杯表してみたような曲になっています。
この歌については、次のページに見方のおもしろい、ユニークな解説が載っているので、ぜひ見てください。
http://www.tapthepop.net/song/25849
とにかく、「おふとん もひとつ ほしいわね」とか「裸電灯」が昭和初期の都市にくらす若者の哀しい生活ぶりと愛の行方をうまく歌い上げた名曲だと思います。当時わたしは大学生で大好きな女の子とつきあっていて、この子といつもいっしょにいられたらどんなに貧しくとも幸せだと、歌詞を見てうらやましく思ったことがあります。
しかし、よく歌詞を見てみると「あなたの口から さよならは 言えないと 思ってた」ですから、別れようと口に出して別れたんでしょうね。
https://www.youtube.com/watch?v=5VTrURAvVC0

当時へんてこな格好(今は普通の映像しか見当たりませんが)をしたへんな名前のフォーク・シンガーが出てきて、妙な演歌のような歌を歌っているなあと思いました。「愛は愛とて・・」と文語的な歌詞が妙に古くさくて、大正時代に流行った歌の替え歌かとも思いました。
作曲したのはあがた森魚ですが、レコードには「作曲・八洲秀章」となっているそうです。『あざみの歌』とそっくりなので、替え歌と思われたようです。しかし、どろどろした歌い方から、同じものとは思えませんでした。たしかに当時「どこかで聞いたことのある、懐かしさを感じる歌だなあ。」と、替え歌のように思えたのは、そういうことだったのですね。
曲名に「赤色」がついているので、当時、何か赤色革命つまり共産主義革命に関連があるのかなあと思っていました。そういえば、大正から昭和初期は無政府主義や共産主義者が大量に弾圧された時代です。しかし、歌詞を見る限り共産主義は関係ないようです。むしろ「赤貧洗うがごとし」の「赤」なのでしょう。エレジーは『湯の町エレジー』などもあるように「哀歌」ですから、男女の哀しみ、人間の哀しみ、人生の哀しみを歌う曲です。歌詞の惨めさと相まって、哀しさを精一杯表してみたような曲になっています。
この歌については、次のページに見方のおもしろい、ユニークな解説が載っているので、ぜひ見てください。
http://www.tapthepop.net/song/25849
とにかく、「おふとん もひとつ ほしいわね」とか「裸電灯」が昭和初期の都市にくらす若者の哀しい生活ぶりと愛の行方をうまく歌い上げた名曲だと思います。当時わたしは大学生で大好きな女の子とつきあっていて、この子といつもいっしょにいられたらどんなに貧しくとも幸せだと、歌詞を見てうらやましく思ったことがあります。
しかし、よく歌詞を見てみると「あなたの口から さよならは 言えないと 思ってた」ですから、別れようと口に出して別れたんでしょうね。
https://www.youtube.com/watch?v=5VTrURAvVC0
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